★TOSHIの青春エッセイ
第一集 美樹さんへの手紙
美樹さん、お手紙ありがとう。
勤先から帰えると、アパートの新聞受けの白い角封筒、すぐにわかりました。
美樹さん、しばらくぶりですね。切手を三枚もはって、まるで息せきって書きつらねたような感じです。
どちらも筆無精なのだから、そこのところは察します。
私も胸の中に澱のように沈殿して語りたい想いがいっぱいなのです。だから、これから書き連ねることが、
美樹さんへの語りかけでもあり、私自身への問いかけなのかもしれませんね。
だから文脈も支離滅裂になるかもしれませんよ。
お手紙によると、東京の街も、夏の季節の開放感と、涼を求める人々でひしめいているとのこと。
目にうつるようです。
ところで、北国八戸にも長く待ちわびた夏がやってきました。日毎に光りの束が太く荒々しくなって来ています。
長かった冬の檻から飛び出したように開放感いっぱいなのです。
二人の好きな夏。飛び出そう海へ、山へ、湖へ・・・
さて、お話変わって。
土曜の早朝、第二魚市場に行ってセリを見てきたのです。
魚市場は、私たち二人の共通財産だったね。私のアパートで朝まで語りあったこと覚えている?
朝まだきの、魚市場をめぐり歩いたことを。・・・
仄かに白みはじめる頃、魚市場の一角から、一日の始動のエンジンがかかり始める。
私たちが八戸の街の中でもとても好きな場所だった。
八戸の街の眠りは、海から、市場からめざめる。夜明けは美しい。
無垢な幼子たちの魂のような世界だ。いまだに目覚めぬ海面。
海鳥の羽ばたきが、冷たく緊張している水面を揺るがし波紋の円を広げる。
深い眠りからさめやらぬぐずつくる子供のように。・・・
また眠りにつこうとする。入港する漁船の巨大な波動が、一瞬にしてゆるやかな階調を破壊する。
幼子たちはいっせいに鳴きわめく。海猫も驚いたように無秩序な乱舞をしながら、
ほんのりと朱味を増した朝の空気をゆるがす。
街の生誕の瞬間を、どんな言葉で表現すればいい?。・・・
私たちはその瞬間の美しさを見たいがために、夜っぴて語り合い、レコードを聴き、夜を明かしたものだったね。
まだ街全体が深い眠りの中にいる。その微かな吐息を大地の底に感じながらこっそりと玄関のドアを開け、
ほんのりと白みはじめた東の空の予感の中に飛び出し、海へ向かったね。・・・
なつかしい日々よ。なつかしい友よ、友情よ。もう青春の喪失を歌いあげることなしに、
青春の甘美と苦渋の妙薬を掌中にすることはできないのだろうか。
夏草の繁みから立ちのぼるしょう気にむせかえりながら濃密な夏の光や、オゾンを浴び、生の充足感に感動した日々。
ぺルシャンブルーの空と海に流れる純白の雲、自然の深い吐息に包まれながら共寝する幸福感に酔いしれていた。
若く清純な空が、海が、湖が、ブルーの清潔な色調と波長の放射に染まりながら、心のキャンバスに落ちていく・・・
自由と憧れを歌いながら、カモメたちは、飛翔の航跡を描く。自然の呼吸のざわめきにみちた静寂の中に
大地の深い律動がたえず脈打ちながら、心と血管の中に清新な血をそそぎこんでゆく。
あの遠い日々の仲間たちはどうしているのだろう?。日本のどこかの片隅で、どんな生き方をしているのだろう。
友よ!友よ!そう私は呼びかける。私たちが語り合ったことを、いまだに忘れずに覚えているかい?。
旅のこと、愛すること、友情のこと、死について語り合ったことを。今にも泣きだしそうな表情で語りあった日々・・・。
その不明朗の日々の若々しく、躍動する精神と、肉体のナイーブさを今も持ち続けているのだろか?。
変節することなく。・・・
今はただ、遠い沖合の漁り火のような青春の痛みに疼いているだけだろうか。
老いていく人生の苦悩。私は想う。人は親しい人間の死に接しながら成長していくのだと。
人は数多くの死に場と、死人に立ち会い、接しながら何かを喪失し、成長していくのかもしれない。
成熟と喪失、二つの離反する問いに、とまどいと哀しみを覚えてしまう。
仲間たちよ!。どこか遠くへ散りぢりになった仲間たちよ!
また旅に出よう!
地平線駆け抜ける風のささやきを聞きにいこう!
もし、同じ場所に集うことができなくとも、おのおのの心の中で、旅への憧れを保ちつづけよう。
私も近いうちに旅に出るつもりです。
真夏の太陽、生い茂る樹林、緑の葉を駆け抜ける透明な風の香りを嗅ぎ、植物や小動物たちの棲息する大自然の中で
、太陽や月や星明かりが潮騒の音のように、太古の海から永続し流れ続けていることを確認するために私は旅へ向かう。
友よ!私は今でも想っている。
人生で一番大切なことは友情を守るということを。その信念は今でも変わっていない。
友よ!弱々しく変節することなく、自己の信念に従って忠実に生きてほしい。
旅先からの絵葉書待っていてくださいね。そして、お互いの旅が豊かな実りのあるように、無事を祈りあいましょう。
また、再び出会うとき、誰の瞳にも新しい生命が宿って、生き生きと、新鮮な輝きを放っているようでありたいものですね。
昔の仲間たち、それに私の愛する美樹さん、お体に気をつけて精進しよう。お手紙お待ちしております。
じゃ、さようなら。・・・
第二集
”六月の雨の街の中で・・雨の交差点”へ
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